このブログは生きています!!
このブログは生きています!!
「古い小説と食べる描写が好き」というタイトルから察するにブログを更新していた当時はそういったものに並々ならぬ偏執的な関心を向けていたんだなあと思ったり。
一年のうち半年くらいは全く本を読まない期間があり、その後また再熱して何かしら読書を再開するというのが昔からのお決まりのパターンであり、現在もそんな感じである。私は一年と数か月くらい無職期間があり、それを脱した今もこのブログを見ると
あ―そんな時期あったなあと複雑な気持ちになる。読書というのは集中力を持続させる必要があり、頭にもモヤがかかったような疲れた状態で読むと文章の前後を行ったり来たりして頭に入ってこない。無職期間は、やけに集中力があった。ユーチューブのショート動画とかで時間が食いつぶされることもほとんどなかったように思う。
それはさておき、本題だ。
「注意力制御機能」というのがあり、人間はどこに意識を向けるかで意識が変わるらしい。難しい事はよくわからないがおそらく否定的な情報ばかり見ていればそればかりに注目し物事全般悲観的に見るようになるし、反対に肯定的な情報にアクセスしていればポジティブな思考回路を手に入れられるということだ。
これは本当にそうだと思う。実体験からそう思う。
以前仕事が合わなくてメンタルの調子がよくなかった時、私の声が暗いのに気付いたのか友達が通話中「今何に喜びを感じる? 何をしてる時が幸せ?」と聞いてきた。今だったらあー心配してくれてるのかなあととらえるのだが、心に余裕のなかった当時は否定的にとらえ「この人私が不幸だと思ってるんだ。感じ悪いな…」と強く感じ、その後避けるようになった期間があった。そんな風でも普通に接してくれる友達は心が広いんだと思う。ありがとう
今日よかったこととか、できるようになって嬉しいこととかを文字に書き起こしてみるとこの「注意制御機能」を鍛えることができるらしいのでやってみる。
できるようになったこと
・高速バスに乗れた
・電動自転車に乗れた
・料理がつくれた
高速バス、何時間も同じ姿勢で座って具合が悪くなりそうなイメージがあった。実際乗ってみたら気づいたら寝てるしパーキングエリアで降ろされる時の解放感がよかった。時と場合によるが基本どこでも寝られる。
電動自転車、急発進して転びそうなイメージがあった。実際は全く怖くなかったので心配しすぎだった。
辛い豆乳春雨スープを作れるようになった。豆板醬、鳥ガラスープの粉末、みそと豚肉、乾燥野菜、すりごまがあればすごくおいしく作れる。麺類が食べたいとき代わりにこれを作っている。
↓森家の墓 これを見たとき「志げさんの墓がある!!」とまず最初にそう思った。
森茉莉のお母さん、志げのエピソードで好きなのが「まりちゃん早く早く!!」
何をするのもゆっくりで身支度も遅かった森茉莉はひどく母に急かされていたらしい
とにかくせっかちな母だったらしく志げが亡くなった際森茉莉は「こういっては悪いが、もう急かされなくなってホッとした」(雑な要約)と言っていたと何かで読んだ。
森茉莉自身もここに埋葬されてるとさっき調べてから気づいた。


↑太宰のお墓 太宰と聞くと青森のボンボンというイメージがある。
裕福な家庭、大家族のなかで育ったけど誰とも愛着を築けなかった人というイメージもある。ままならない。

豆板醤はおいしい。週に二回は食べたい味。
恐怖と英光
第10巻
傷害罪犯人容疑者としての自分………… 379 と、
七巻の 刺された日のこと(山崎敬子) でのお互いの供述というか温度感が異なっている。
被害者と加害者という別の立場だから意見が食い違うのも当然なのかもしれないが、敬子が書いたとされる文章がうますぎて二度見。これ誰かが代筆したんじゃないだろうか。敬子本人が書いたとしたら文才まであるのか~とちょっと見直してしまう。ちなみに全集七巻の「地下室から」には敬子の写真が出ている。毒婦って感じ。目が大きくて、キツそうで、口紅が濃い。英光いわく「異様に愛憎が強い性格」のこの女性は刺された日のこと に書かれた内容と心情そのまま鵜吞みにするなら英光の事が本当に好きだったんだなあと心を打たれるけど、英光側の文章「傷害罪犯人容疑者としての自分」によると示談にもしてくれないし事件後には家にもあげてくれないし金だけ搾り取る気満々 で、もう別れようかと思ってる。みたいな風に書かれており互いの温度感が異なっている。英光の認知が歪んでいるのか敬子が周りに同情してもらうために嘘をついているのかわからない。英光いわく敬子からぶつかってきて刃物が刺さったとか言っているがそれは錯乱してただけで実際は敬子が止めようと近づいてきたところを刺したのかなと想像する。
敬子が刺されてからますますあなたを好きになりましたみたいな内容の手紙を送りつけたらしいのもぶっ飛んでるなーと思う。冷静に考えてそんなはずないしただ相手をつなぎとめておきたいだけで嘘をついてるのかなと思ったが、衝動性の強い人同士が深くかかわりあうとすごいことになる一種の証明なのかなと思う。
敬子が望んでいた事→英光が妻子と別れ自分と一対一の関係になること
英光が望んでいた事→敬子と一緒になる事 でも子供を見捨てることはできない 妻には愛情がないが責任は感じている
全集10巻に収録されている 文学と政治(対談)(田中英光,野間宏)では誰かが二人の会話を聞いて文字に書きおこしたのか録音テープでとったやつを誰かが文字に書きおこしたのかわからないが、当時録音テープがあったは不明。で、英光だけやたら(笑い声)が多用されておりこの人ずっと笑ってるな~と文面を見てだんだん怖くなってきた。
平山夢明の小説よりこわい。ただ陽気なのとは違う、感情の分配が人と違っている感じがする。文章を読んで怖いと思ったことはいままでほとんどなかった。この対談が当時発表されたのは英光が亡くなるたしか一年前とからしいのですでに精神的にきていた時期なのかなと思った。
英光があと3、40年あとに生まれていたら音声データとか映像が残ってたのかなと考えると残念な気持ち。ぜひ見て見たかった。もし本人の映像とか音声があったらまっさきに西村賢太が手に入れて何か公言してそうだから世に存在しないのかなーと思う
でもオリンポスの果実はアニメ化してるっぽいし逆に本人の映像とか残ってないのが理不尽に感じます
無気力でなんにもしたくないときに英光の本を読むと恐怖心からドーパミンだかアドレナリンが出てなんかいい感じになる気がするし、さけられない過緊張で全てから逃げたいと思ってる時もまあ一番怖いのってこの人の存在だからなあと考えるとなんかマシになる気がする。
過緊張とか過度な恐怖心で困ってるので逆にあえて恐怖に近づくことで心の均衡を保とうとしてみるの図
七巻の小冊子で誰かが英光の事を「英光台風」と表現してたし、言い得て妙だと思う。
小桃ちゃん!
ナポレボリューションなる人の凸待ち動画に小桃ちゃんがでているらしいので見てきた。たしかに九人目のゲストが小桃ちゃんだった。(ただ見たよ、というのが言いたいだけ)
上の動画は凸待ちの動画じゃなくて小桃ちゃんのショート動画。
彼女いわくショートは伸ばすのにはあんまり意味ないって言ってた気がするけど面白いからもっとつくってほしい。+伸ばすための戦略をいろいろ考えていてすごいなと思った。
シンパシーを感じる~~。素の自分にちょっと似てて
異常空間で異常バイトをしてると「酒飲んで寝たい」か小桃ちゃんの動画見みたいの二つの感情しかなくなる。というのは七割嘘だとしても、
彼女のガワ(キャラデザ)が好きだし声も可愛くて話し方がいやされるので好き。凸待ち配信で登場した時の視聴者のコメントが「こわい」で埋まってたのは悲しくなった。全然怖くないんだけど…普通じゃん?
でも小桃ちゃんも友達はいるっぽい。病むわぁ。
一緒に行動する同年代の女の子がいる時点で私とは違う。
彼女の動画が好き。でも、彼女の発言で疑問に思ってることが1つだけあってASDとは関わらない方が良いっていうのは違うと思う。ていうか悲しくなるからそういう風に言ってほしくない。彼女が当事者としてどういう気持ちで言ってるのかわからないけれど。でも、自分も傾向を持っているので特性のない人と関わるのが苦痛な時がある。擬態してすごしてるのは疲れる。すべてを遮断したくなる。相容れませんね~
今日あったこと・本の話
知り合いの女性とスープカレーを食べた。本当はもっとオシャレな感じのカレーだったのに何で私が撮るとつけ麺みたいに映るんだろう
辛さがえらべたからMAXの一個手前にしたら、予想以上に辛かった。
食事した相手からはなんか心配されており、若い時の自分にそっくりだからという理由で気にかけてくれている。一年くらいその人からもらった言葉を悪い方にとらえていて怒っていた。でも声を掛けたら普通に私のことを覚えてくれていたので勇気を出してよかったし面倒見のいい人でよかったなと今でも思う。
しかしまた気がかりな言葉を言われてしまった。「猟奇的だね」
と言われてしまったのだ。別に変なことは言っていない。

バイト先に苦手な人がいてもしそこにシャベルがあったなら迷わず殴っちゃいたいと言っただけだ。なのに普通の人はそう思うのだろうか。
あくまでも冗談で、そんなことは絶対できないのだが…
喋らない方がいいのだろうか。それって生きてる意味あるのだろうか...
と帰り道唐突にぐるぐる思考になって落ちこんだ。
強い怒りというのは心の中に抱えている時はあって決してそれを口にはしないだけでみんな誰でも抱えていると思ってたけど。
このくらいなら笑いをとれるだろうと思うあたり異常なのかもしれない。
Vの小桃ちゃんみたいな子が近くにいたらいいのに。ぜったい友達になれるのに。そういう子じゃないと親近感持てないし自己開示できない。
今日あった事を短くまとめるとこんなかんじ。
休日、知人女性とスープカレーを食べ胃を荒らした。 胃があったかい感じがする。荒れているのだろうか
しかしスープカレーが美味しい店を開拓できた。なかなか有意義な休み。無為でもなんでもいいのだが、自分がえらんだ店が美味しいと安心する。
しかしこのブログには恥が多い。見られる前提で書いてないのがある。今すぐ消した方がいいのかもしれないが、そうしたら負けな気がする。
最近読んだ本の話をすると、英光全集の7巻を「私は愛に追いつめられた」も読みあとは巻末の諸々だけになった。英光の桂子への手紙とかあとは桂子の文章もあるらしいので楽しみ。「刺されてからのこと」みたいな記事激アツじゃん。
「女の執念」の内容が興味深かった。英光の妻の母、つまり義母がすごいやばい女で……みたいな話だったと思う。もちろんデフォルメされてこのやばい義母になっているのかもしれないが、ある程度は実話なのだろうか。実話だとしたらこの義母が一番タチが悪いというか、諸悪の根源なのでは 七巻を読む限り澄子もかわいげのない女だなーこんなの養いたくないなーと英光の立場になって想像してみると私は思ったのだが 作中に出てくる義母も超ド級の今でいう毒親でそういう意味でもはずれの結婚だったんだなーって感想。
「私は愛に追いつめられた」はタイトルから想像したほど切羽詰った内容ではなくて拍子抜けした。「時々刻々」とかのほうがメンタル崩壊直前みたいな焦燥感があって好きでしたね。
私は愛に…はけっこうまともなことを言っており、特に興味深かったのが男性の愛情表現の頂点は片思いでありある程度距離をとった状態で物質的、精神的にに支援するのが一番みたいなことを言っていたと思う。自分は思い込みが激しいので本を読み返したらそんなこと言ってなかったってことがあるので真に受けないでほしいのだが。
ブン
「アヒルのブン」

という料理。ブンってなに? ベトナムではフォーよりこっちが人気とか書いてあったので頼んでみたのだが、店員が運んできてくれた時から私の警戒心と恐怖心はMAXになっていた。
席に備え付けのお水がかなり常温であり、容器もうっすら埃がついているのを目視したのも恐怖だった。店内の異国情緒あふれるBGM、というか曲がよかった。中国語っぽいポップス?が、と無理にいいところをあげてみる。こんな気遣いは不要かもしれない。
獣臭いのだ。外食でそんな感想を持ったのは初めてである。
シタショリハシテイマスカ? 味はまあ、言わずもがな。
アヒル肉は思ったより脂っこく、骨付きであった。たけのことトマトとパクチーやその他の薬味と野菜が混とんと一つの皿におさまっている料理だった。
ベトナム人の生命力の源はこれなのかもしれない。恐怖した。
なんでも食べることを信条としている私もこの日本昔ばなしに出てきそうなウサギ汁とかイノシシ鍋(食べたことはない)みたいなワイルドさには閉口。
自分で店を調べ、一人で入店し、一人恐怖を感じながらの昼食。
たしか御徒町の店だったと思うが、店への階段も急な角度でありいやに黒ずんでおり未知の領域というかんじだった。
隣の席のアジア人の男女も摩訶不思議であった。アベックだなあと思っていたら男性の方が忽然と姿を消しその後女性の料理が運ばれてきても、ずっと戻ってこないし女性もその男の座ってた席にかばんを置いたりしてたし、私が会計するときもその女性しかいなかったのが奇妙だ。
ひとりごと
ニートじゃなくなった。しかしこのブログをいじくりまわすつもりがないのでとりあえずこのままにしておく。夏目漱石の夢十夜の第七夜を読み、レアちゃんを思い出し、ひどく落ち込み、このままじゃまずいなと思ったのとその他いろいろあってとりあえず職を得た。
しかし根はムダに貴族的、きゅうにはたらきはじめるとまわりから、「あ、この人お金なくなったからはたらきはじめたのかな…」と思われるのがイヤだ。
金が欲しいから働くのは当たり前かもしれない。でもべつに今すぐ働かなくともよかったのだ。生きるために働くという風でもなく、ただ貯金額を減らさないために働く。あとごねんじゅーねん引きこもってニートしてても別にいいかと今年の冬頃までなかば本気で思っていたのだが、自分がよくても周りが迷惑するだろうからそうはしなかった。引きこもる環境と土台があればそれに甘んじる性質だし、外に出ればそれなりに楽しいし、二つを行ったり来たりするのだと思う。
で、職場にはまとめ役、リーダー格のにんげんがいるのだが、その人がやけに専門の時の先輩に似ているのだ。どう似ているのかというと、喋り方と独り言が多いところと雰囲気が似ている。これがどういうことを指し示すのかと言うと、態度に気を付ければ基本的にはいい人だと思うが、何か間違えると面倒な事になる可能性微レ存といったところ。私はそこそこ言心地よく、給料がもらえ、具合が悪くならず働ける環境がほしい。欲しいから、職場では低姿勢、人畜無害、爽やか、をこころのなかで念仏のように唱えていた。(初日だけだが)
まあ低姿勢をつらぬけば仕事はこっちから聞けば教えてくれると思うし、まだ数日しか出勤してないが仕事内容もいままでのよりだいぶ合っている気がする。基本的に職場というものが怖い。会社は最後にかならず私を捨てるはずだ、と謎の見捨てられ妄想(ではなく、実際過去に勤務態度が悪かったせいかクビになっている)を持ち、ならこっちから辞めなければと強迫観念すら多少持っている。
で、職場で私と同じ日に入ったらしい女性に話しかけたのだが、その人は派遣で短期でいなくなるらしい。そのためか、「あ、これ以上踏み込んでこないでね」という笑顔に隠された壁を感じた。ひしひしと感じた。まあ自分も相手の立場だったらすぐいなくなるなら人間関係構築すんのムダだなーとなるかもしれない。しかしそういう風にあしらわれたのは初めてだったので、内心なかなか動揺した。安っぽい茶髪のその人とは今後、きっと話さないと思う。
低姿勢、人畜無害をよそおって居心地のいい環境をつくりあげることができたのなら、それでいい。馴れ合いは不要なのだ。